り、公園を抜けて、千束町、十二階の裏手に当る近所を、言われていた通りに探すと、渡瀬という家があったが、まさか、そこではなかろうと思って通り過ぎた。二階長屋の一隅《いちぐう》で、狭い古い、きたない、羅宇《らお》や煙管《きせる》の住いそうなところであった。かのお袋が自慢の年中絹物を着ているものの住所とは思えなかった。しかし、ほかには渡瀬という家がなさそうだから、跡戻《あともど》りをして、その前をうろついていると、――実は、気が臆《おく》してはいりにくかったのだ――
「おや、先生」と、吉弥が入り口の板の間まで出て来た。大きな丸髷《まるまげ》すがたになっている。
「………」僕は敷居をまたいでから、無言で立っていると、
「まア、おあがんなさいな」と言う。
 見れば、もとは店さきでもあったらしい薄ぐらい八畳の間の右の片隅に僕の革鞄が置いてある。これに反対した方の壁ぎわは、少し低い板の間になっておやじの仕事場らしい。下駄の出来かけ、桐《きり》の用材などがうっちゃり放しになっている。八畳の奥は障子なしにすぐに居間であって、そこには、ちゃぶ台を据えて、そのそばに年の割合いにはあたまの禿《は》げ過ぎた男と
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