った。
 僕はその大エネルギと絶対忍耐性とを身にしみ込むほど羨《うらや》ましく思ったが、死に至るまで古典的な態度をもって安心していたのを物足りないように思った。デカダンはむしろ不安を不安のままに出発するのだ。
 こんな理屈ッぽい考えを浮べながら筆を走らせていると、どこか高いところから、
「自分が耽溺《たんでき》しているからだ」と、呼号するものがあるようだ。またどこか深いところから、
「耽溺が生命だ」と、呻吟《しんぎん》する声がある。
 いずれにしても、僕の耽溺した状態から遊離した心が理屈を捏《こ》ねるに過ぎないのであって、僕自身の現在の窮境と神経過敏とは、生命のある限り、どこまでもつき纏《まと》って来るかのように痛ましく思われた。
 筆を改めた二日目に原稿を書き終って、これを某雑誌社へ郵送した。書き出しの時の考えに従い、理屈は何も言わないで、ただ紹介だけにとどめたのだ。これが今月末の入費の一部になるのであった。
 その夕がた、もう、吉弥も帰っているだろうと思い、現に必要な物を入れてある革鞄を浅草へ取りに行った。一つは、かの女の様子を探るつもりであった。
 雷門《かみなりもん》で電車を下
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