學[#「カントの哲學」に傍点]と來ては、その思想の道筋が窮屈なこと、ミルトンどころではない、その上、何だか乾燥無味、蝋を噛む樣なところがあるので、『理性批判』だけでよしてしまつたのである。
然しインチユイシヨン、直觀の必要[#「直觀の必要」に白三角傍点]なことは、渠の書から最もよく教へられたのである。宗教も直觀が必要である、詩は尚更らのことである。耶蘇や釋迦などが直觀的に大悟した刹那は、非常に偉大であつたに相違ないが、道を傳へようとする迷ひが出てから、形骸となつてしまつた[#「耶蘇や釋迦などが」〜「形骸となつてしまつた」に傍点]。世に傳へて來た神なるものが假定だといふことは、かのニーチエも説破した。――假定といふのが惡ければ、概念と云ひ更へても善い。哲學も宗教も、共に、直觀の邪魔になる概念を立てたので失敗に終はつたので――殆ど概念ばかりを傳へる歴史の樣なものは、ニーチエの云つた通り、人間の自由を束縛して、思想の自在なる發展を妨害して居るのである。人はこの概念といふ抽象物に由つて生活することになつてから、全く救ふべからざるものとなつてしまつた[#「人はこの概念といふ」〜「なつてしまつた
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