説に落入つて居るのだ。ピタゴラス派[#「ピタゴラス派」に傍点]は十種の對峙を立て、太一を中心として、それから生じた幾多の被造物を見とめて居る。また、かの數論哲學[#「數論哲學」に傍点]の開祖であつて、梵天の子、ビシヌの化身だと云はれる加毘羅《カビラ》[#入力者注(5)]の物心二元論は、その弟子阿羅々仙人が悉達太子の質問に答へたところで分る――愛慾を離れて第一禪の梵天に住し、推理を脱して第二禪の光音天に住し、喜樂を捨てゝ第三禪の偏淨天に住し、意樂を去つて第四禪の廣果天に住し、更らにすべて形體の不完全を排し、客觀世界を否定して最高の梵天に達すると。釋迦牟尼が之を詰難して、なほ精神、乃ち、主觀の存在するからは、その性質として附隨する客觀を絶つことは出來まいと云つたのは、當前の詰難であらう。
 たとへ一元論者[#「一元論者」に傍点]でも、こと更らに一如を觀じようとするなら、この大仙人の樣に消極的になつてしまうだらう。シヨーペンハウエルの意志斷滅論は勿論、エメルソンの唯心論、井上博士の活動以外實體存在説、近くはまた綱島梁川氏の見神實證談の如き、その意味するところを追窮してしまへば、一種の虚構物を
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