から來て居るのである。喜劇は僕の問題でない、また、博士の所謂悲劇、即ち、樂劇の二要素なる夢幻と陶醉とに關する僕の意見は、もう、前段で云つてしまつたと思ふ。
そこで、シヨーペンハウエルの美論[#「シヨーペンハウエルの美論」に傍点]を云つて見ると、諸藝術のうちで、音樂は最も勝れたものである。その理由は、單に時間的成立を許すもので、少しも空間的關係や原因結果の智識を入れない,音響その物が既に結果であるから、現象と直接の關係はない,他の美術の樣に、個體的理想を示めさないで、直ちに意志の本體を客觀化するからである。今、意志の本體を無目的とし、音響を原因のない表象とし、時間を刹那の連續として見たなら、僕の文藝觀とどこに違つたところがあらう。相違がないなら、來たらうとする新文藝には、また科白劇と樂劇との差別に由つて、悲劇の効果を論じないのである[#「來たらうとする新文藝には」〜「論じないのである」に傍点]。概念的文藝でない以上は、言語も表象であれば、音響も表象だ[#「概念的文藝でない以上は」〜「音響も表象だ」に白丸傍点]。若し概念の樣な抽象物ではなく、直觀的に世界を表出する爲め、音樂を普通言語と云
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