ロシヤ王のことは度々引用したが、また豐太閤とナポレオン[#「豐太閤とナポレオン」に白三角傍点]とはその好適例であらう。ナポレオンが『意志のあるところ、必らず道あり』と叫んで、大軍を率ゐてアルプスの嶮を越えたのは、僕の半獸主義のモツトオと云つても善い。この時、渠の眼中には以太利もなかつた、墺太利亞もなかつた、獨逸も露西亞もなかつた、恐らく自國の佛蘭西もなかつただらう。その刹那の盲目的奮鬪が渠の大人格であつたのだ[#「その刹那の盲目的奮鬪が渠の大人格であつたのだ」に傍点]。豐太閤に至つては、渠、朝鮮を得たなら、大明に向つただらうし、明國を平らげたら、印度やペルシヤ、否々、世界をも討伐したであらう。然して、その目的とするところは、そんな外界の事件ではなかつた。渠は無意識的に、一國を擧げて、内部必然の安心を得ようとしたのである[#「渠は無意識的に」〜「得ようとしたのである」に傍点]。畢竟、大なる心靈が、大なる自分を喰つて行つたのである[#「畢竟」〜「行つたのである」に白丸傍点]。煩悶の盲動である。だから、光秀征伐時代の秀吉は、機智があまり多くつて、人の同情を引かないが、征韓時代の豐太閤は大愚に
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