まで云つたところを以て分るだらう。
これは、目明きを以つて任ずる知力なるものを頼り過ぎたから、渠も哲學者の仲間として、そんな不徹底の論據に立つたのだらう。エメルソンが目を最高の建築家と云つたのは、外形の美を標準としたからで――知力も亦宇宙を建築して見るものだが、その出來た家は何かと云へば、符合とか、調和とか、差別とか、論理とかに過ぎない。知力はすべて宇宙の輪廓をつたつて行くばかりであつて、内部生命に入ることは出來ない[#「知力はすべて」〜「出來ない」に傍点]。人は知力の進歩を夢見て居るのであるが、既に大雪の平等化力を以つて譬へた通り、五十歩百歩の差を大悟と迷妄との違ひかの樣に思つて居るからである。僕は再び斷言する、頓悟とはまた別な迷ひに這入《はい》ることである,運命の黒流にのぞんでは、聖賢も小兒と變はりはない。目明きの生涯は短い、盲目の生命は久遠に渡る[#「目明きの」〜「久遠に渡る」に白丸傍点],天地はその塲に轉覆するが、刹那は刹那に連續して居るのである[#「天地はその塲に」〜「居るのである」に傍点]。
『自然には終りがない』、終りがないのは到達點のないのである。運命も自然である。自
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