諸説の由來と可否とはさて置いて、かういふ篤學諸氏の驥尾《きび》[#入力者注(5)]に附して、僕が一種の哲理を發表するのは、少し大膽過ぎるかも知れないが、僕には僕の思想が發達して來た歴史もあるので、別に憚るまでもなからうと思ふ。僕がこの十餘年來、友人の間に、はじめは自然哲學と稱し、なか頃空靈哲學と唱へ、終に表象哲學と名づけるに至つた思想が、この書中に現はれて居るのである。
 附録の諸篇は、僕が折にふれて種々の雜誌に出した演説、論文等の中から、本論の不備を補ふに足る分だけを寄せ集めたのである。
 明治三十九年四月二十日
 東京にて
 岩野美衞識

 (一) 緒  言

 僕は議論を好まぬ、拾數年以前、詩を作り初めてから、議論は成るべく爲ない方針である,然し、世間の人は詩を了解する力が乏しいので、詩には遠から現はれて居る思想でも、單純な理窟に成つて見なければ目が覺めないのは、如何にも殘念なのだ。近頃、身づから救世主であるとか、あらざる神を見たとか、大眞理を發見したとかいふものが出て來て、宗教と哲學とに深い經驗のない青年輩は、如何にもえらい樣に之を云ひ噺して居る。――僕は前以つて斷つて置くが、
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