り、神秘はいつも生命となつて世に殘つて居るのである。
メーテルリンクは法律家であつて、その業務の傍ら、論文と作劇とに從事して居たが、『モンナワンナ』を作つてから、その作劇上の資才が見とめられる樣になつたのである。渠の所論には、僕も亦云ひたかつた點が多いのであるが、それではエメルソンは僕等とどう云ふ關係になつて居るか。メーテルリンクのエメルソン論が、去年の『ポエトローア』に出たが、まだ見ないのは殘念だ。
(三) エメルソンの『自然論』 (上)[#「(上)」は底本では左右にパーレンのついた「上」]
メーテルリンクが、情を以つて入る外には、現在の人間が理解することは出來ないと棄てたところを、エメルソンは一個のコンベンシヨン、形式を以つて解釋が出來ると云つて居る――その形式は唯心論[#「唯心論」に白三角傍点]である。
唯心論と云へば、哲學者等は古いと笑ふだらうが、エメルソンのは少し違つて居る。渠は唯心論その物を證據立てようとして齷齪するのではない[#「渠は」〜「齷齪するのではない」に傍点]。たゞそれを發足點として、それ以外又はそれ以上のことを云つて居るのである。若し唯心論が成り立たないとすれば、エメルソンの思想は論理上の根據は無くなるだらうが、渠自身の價値は變はらない――エメルソンの唯心的論理は形式であつて、その生命とするところは別にあるのだ。
その文體を見ても分る、短刀直入、アービングの樣な形容詞を避けて、實質のある名詞を使ひ、ピリオドだらけの兀々《ごつ/\》した文で、句々節々の關係が、そう甘く三段論法には行つて居ない,文章はあまり分る樣に書くと、讀者は却つて要點を見のがしてしまうから、その要點に止つて暫く考へさすのが必要だ[#「文章は」〜「必要だ」に傍点]と云つてある。エメルソンは暗示的であつて、以心傳心的に僕等を刺撃するところがある。渠の暗示と刺撃とを受け取れば、もう、その形式と方便とは弊履と同樣棄てゝしまつても善いのである。
『自然論』八章――序論を合せて九章――は、僕、以前から飜譯して持つて居る位だが、自然を我に非らざるもの凡てと見て、始つて居る。非我なる自然は、その個々別々の状態に於ては粗雜なものであるので、詩人の立脚地から、全體を一つに見なければいけない。そこで、エメルソンは純全觀念[#「純全觀念」に白三角傍点]といふことを主張した。たとへば、僕等が郊外に出る、そしてあの山は太郎作のだ、この森は權兵衞のだ、向ふの畑は丑松のだと見るばかりでは、何の美もない,美は野山全體の景色に浮ぶので、これは誰れの持ち物でもない、たゞ詩人の胸中に所有されて居るのだ――これが乃ち純全觀念である。
この純全觀念に映つて來る自然が、宇宙の大原因に進むには階段がある。エメルソンは之をユース、方便[#「方便」に二重丸傍点]と名づけた――第一、物品,第二、美,第三、言語,第四、教練。
第一の物品[#「物品」に白三角傍点]とは、自然から授かつて、すべて僕等の官能上に役に立つて呉れるもの。これは、人間を養ふものだが、之に養はれるのが目的でない――養はれて、それから向上的活動をするのが目的である。
第二は、美[#「美」に白三角傍点]を愛すること。希臘《ギリシヤ》[#入力者注(5)]人は世界をコスモス(Κο´σμοσ)と呼んだが、これは同國語で格好、秩序、又は美といふ意味から來て居る。エメルソンは耳から這入る音樂の美を忘却して居るので、僕もこゝでは略すが、目は最高の建築家であれば、光は第一等の畫工であると云つて居る[#「目は最高の」〜「云つて居る」に傍点]。
それで、美の状態を三つに分けた――單に自然の格好[#「自然の格好」に白丸傍点]を見るのも樂みだが、一段進めば、男子的美[#「男子的美」に白丸傍点]、乃ち、人間の意志と結合して來た時の美がある。たとへば、レオニダスとその三百の兵士が、國家の犧牲となつて、サーモピレーの山間に倒れて居るところを、太陽と月とがそれ/″\照らした時,また、コロムバスの船が、萬難を冐して、西印度の一島に近くと、岸には、之を見た土人等が、甘蔗葺きの小屋から、ばら/\と逃げて行くのが見える、うしろには洋々たる大海を控へ、前には紫色の連山が横はる,すべて斯ういふ時には、この活畫から人間を離して見ることは出來ない。意志を以て立つ天才の周圍には、人物でも、學説でも、時勢でも、自然でも、すべてその天才と融和してしまうのである[#「意志を以て」〜「融和してしまうのである」に傍点]、美の今一つの状態は、知力の目的[#「知力の目的」に白丸傍点]となつた時で――知力は好き嫌ひの感情をまじへないで、事物の絶對秩序、絶對の理法を求めて行く。意志に伴ふ美は求めずして來たる實行美[#「實行美」に白丸傍点]、善である,知力がわざ/\求めて
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