命[#「一種の生命」に白三角傍点]を説いて居るのが、その論文の生命である。これに形容詞を加へて見れば、最高生命、絶對生命、神聖生命、超絶生命など云へるが、――エメルソンの哲學はまた超絶哲學である――これは外存的事實ではない、超官能的内存の眞理[#「超官能的内存の眞理」に白丸傍点]であつて,朦朧たる境界線、乃ち、僕等の意識と無意識との境界線上に起る情緒に包まれて居て、心靈はそこを隱れ家として居る。
神秘的作用はこの眞理から生ずる。夢に要素があるとして見れば、人間は乃ちそれと同じ要素で出來上つて居るので、自分と自分の周圍とには、神秘が充滿して居るのであるから、人間の知力では、その實體を時々瞥見することが出來るまでゞある。知力の根源となつて居る官能が粗雜であるので、知力では到底、滿足なところまで、神秘の世界に入り込むことは出來ない[#「知力の根源となつて」〜「出來ない」に白丸傍点]。意志に就いて云つて見ても、自分がかう爲ようと思つたのは、そう思ふ樣に必然的動機が祖先から傳つて來て居たからで、自分はたゞ分らないところへ分らないながら這入つて行くのである。神秘界は、畢竟、情を以て闇の中に感じる外はない[#「神秘界は」〜「感じる外はない」に白三角傍点]ので、そこに美もあるし、面白味もあるし、生命もあることになる。
僕がたとへば一愛人を得たとする。その得たのは、自分が自分の自由意志を以て撰定した樣だが、その實、之に施す接吻は、幾多の靈が、自分の知らないうちに、行はうとして待つて居た接吻である。この遺傳はたゞ現世の祖先からばかりではない、數千世紀の以前から、無形の間に傳つて來る。遺傳と意志と運命と[#「遺傳と意志と運命と」に白三角傍点]、これがメーテルリンクの神秘説を一貫して居る要目であつて――過去は遺傳で以つて僕等に傳はるし、僕等の未來は運命が既に定めてある,この間にあつて、意志が現世を抱いて深い海の底に沈むとすれば、たとへば一つの小い島の樣で、前後二つの和合しない大海が、その岸邊に寄せ合つて、互ひに噛み合ひをする。僕等の靈魂内はまことに騷々しいものだが[#「僕等の靈魂内はまことに騷々しいものだが」に傍点]、無言[#「無言」に白三角傍点]――神秘の星[#「神秘の星」に白三角傍点]――があつて、その上に住つて居るので、之が甘く統御して行く[#「があつて」〜「統御して行く」に傍点]。これは純粹無垢の情緒を以つて感じられる世界である。無言の星が神秘の夜空《よぞら》に輝くと、遺傳も運命もそれから出た光線の一部に過ぎない。
僕等を制限するものは運命であるので、僕等が獸的であれば、運命も獸的となる,僕等が靈的となれば、運命も靈的である。これが神秘的自我の發現[#「神秘的自我の發現」に白三角傍点]する工合である。自我が無言のうちに最も發揮せらるゝところから、メーテルリンクは悲劇にスタチツクトラジエデイ、乃ち、靜的悲劇[#「靜的悲劇」に白三角傍点]を發案した。芝居を少しも動作を爲ないで、心持ちばかりで見せるので、――つまり、有形の動作がなく、無形の事件のうちに、一種の靈果を感じられる樣に爲やうと云ふのである。これは畢竟空想に過ぎないとしても、渠の戯曲には、この表象的作法が至るところにあらはれて居る。メーテルリンクに據ると、人の日々の生活上に見える悲劇的要素が、眞の自我に對して、頗る自然的で而も切實である度合は、臨時の大事件に包まれて居る悲素よりも、遙かに多いので[#「メーテルリンクに據ると」〜「遙かに多いので」に傍点]、渠の詩材は平凡な事件に取つてあつても、悲莊なところがある[#「渠の詩材は」〜「悲莊なところがある」に白丸傍点]。『インテリオル』の樣に、一家團欒の間へ、外部から娘の死の知らせが這入つて行く樣子や,『イントリユーダー』の樣に、盲目の老爺の心中へ、二階の下から、段々死者の靈報が響いて行く工合や,長篇では、また『プリンシスマレーン』の如き、前二篇と同じ樣に構成上の缺點はあるが、すべて運命劇の特色[#「運命劇の特色」に白丸傍点]を帶びて居る。劇に就ては、あとでまた自説を述べる時に云ふこともあらう。
以上は、僕が讀んで、自分の考へて居た事※[#「※」は「てへん+丙」、読みは「がら」、327−9]を胸中に呼び起したので、甚だ面白く思つたのだが、メーテルリンクはそれ以上の事は分らないと云つてしまう――然し、これはノスチツク學派や不可知論者の云ふのと違つて、知力的ながらも熱烈な想像を以つて這入り込むので、哲學者等が、確實だといふ論理を以つて、わざ/\天地を狹く限つてしまう樣なものではない[#「知力的ながらも」〜「樣なものではない」に傍点]。耶蘇がその弟子に向つて、眞理は今はおぼろげであるが、あとでは、顏と顏とを合せて相見るやうな日が來ようと云つた通
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