]。元良博士、曾てどこかの演説又は雜誌で、『道』といふ物を解釋して、道とはたゞ人の歩む跡の如しと云はれたと、僕は記憶して居るが、間違ひがなければ、これは道學的習慣を離れた卓見と云はなければならない。――僕等はエメルソンなどの所謂物質と理法と心靈なるものを循環して、――實は同じ物であるから――行けども/\目的地を發見することが出來ないのである。

 (十四) 表象の効果

 僕等の意志は運命と同じで、盲目である,だからいつも手を虚空に擧げて、何か觸れるものを求めて居るので、その觸れるものがあつたと思へば、それがまた自分の意志であるから、仕方がない。たとへば、病床にあつて、自分の枕をして居るのが分らないで、何だか暗いところへ引つ込まれるやうな氣になつて來るから、何か縋るものをとうめくとたん、握つたものは矢張り自分の手である。その手も運命の黒水に浸つて、段々なへてしまつたから、ああ、これで幸ひ、安樂淨土に入ることが出來たのかと思ふと、そうでもない――死んだと思つたのは、意志がまた他の有限物に變體したので[#「死んだと思つたのは、意志がまた他の有限物に變體したので」に傍点]、現世から他界に齎らす土産は、絶對不易のものではない[#「現世から他界に齎らす土産は、絶對不易のものではない」に白丸傍点]、たゞ神秘な表象ばかりで[#「たゞ神秘な表象ばかりで」に白三角傍点],その身も亦意外の表象であつたことに氣が附くと、以前に生れた時と同じ樣に、何だか嶄新な樣な、恐ろしい樣な、それで未練の絶えない樣な、あかるくツても暗い樣な岡に立つて、悲風萬里より來たるかの心持ちがしよう。この時、教訓もなければ、眞理もない、たゞ新らしい自我といふものが深い底から目を覺まして來て、美はしい活動の姿を見せるのである。これが表象の與へる効果[#「表象の與へる効果」に白三角傍点]である。
 若し宇宙に生命が滿ちて居るとしたら、この表象が溢れて居るのである[#「若し宇宙に」〜「居るのである」に傍点]。エメルソンとスヰデンボルグとは、自然の位置を大心靈の中に定めてから、自然の理法を悟るに從つて、自然は消えて行つて、心靈ばかりが見える樣に云つたが,それでは、また、心靈の理法を悟るに從つて、心靈は消えて行つて、心靈以上のものか、またはもとの自然かが見えて來る筈だ。詩人ゲーテが明暗の融和を以つて色の原理を説明したのはもう
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