僕は職業を著述家と書くのだが、どう云ふことをするのかと問ひ返されることがあるので、今囘はそのうるささの豫想を避けるため、職業の一部分なる小説家を以てしたところ、それを一と目見てから番頭は俄かにほほゑんでじろりと僕の方を見返した。名を知つてたのか、それとも小説家と云ふのが珍らしかつたのか、そこはちよッと分らなかつた。やがて再び番頭がやつて來て、
「書き物をなさるなら、ここはごた/\してゐまして、お困りでしようから、あすから本館の離れの二階へ御案内致しましようか」と云つた。その代り、寂しくて不便だがとのことであつたが、それはかまはないから、その方が結構だと僕は頼んだ。
湯はすみとほつて修善寺温泉のそれのやうに綺麗だ。手ぬぐひも染まらないで、ます/\白くなると云ふ。僕が修善寺を好きなのもその爲めである。その夜は一杯飮んで直ぐ休むつもりであつたが、食後、隣室の老人に呼ばれて暫らく話をしに行つた。日本橋の藥り問屋の隱居であつた。孫だと云ふ五歳の女の子をもつれてた。
「あなたなどはまだお若くて結構です、わたしなどは、もう、この通り、あたまも」などと云つたが藥り屋のせいか、なかなか達者さうなおぢい
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