ことを
生けるもののくるしみを
そして燕のきたことを
いつのまにかもうすやすやと眠つてゐる子ども
妻はその子どものきものを縫ひながら
だんだん雨が強くなるので
播いた種子が土から飛びだしはすまいかと
うすぐらい電燈の下で
自分と一しよに心配してゐる

  麥畑

此のみどり
ああ此のみどり
生命《いのち》の色!
憂鬱なむぎばたけのうつくしさ
むぎばたけをみてゐると
自分にせまる人間の情慾
此の力のかたまり
人間の強い眞實
これこそ深いところから
浪浪のうねりをもつて湧き上つてくる力だ
そして生生《なまなま》しい土の愛により
どんなに大きな健康を麥ぐさはかんじてゐることか
ああ此の麥ぐさの列
ああ、けふばかりは蒼天《そら》も自分にふさはしく
どこかで雲雀もないてゐる
ああ此のみどり
此の麥のみどりに手を浸して
自分はなみだぐんでゐる

  朝

雨戸をがらり引きあけると
どつとそこへ躍りこんだのは日光だ
お! まぶしい
頭蓋《あたま》をがんと一つくらしつけられでもしたやうに
それでわたしの目はくらみ
わたしはそこに直立した
おお
けれど私のきつぱりした朝の目覺めを
どんなに外でまつてゐた
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