しさに於て
靜におもへ
海はただ轟轟と吼えてゐるばかりだ
波は岸を噛みただ荒狂つてゐるばかりだ
海に惡意がどこにある
それは自然だ
けれど溺れる人間の小ささよ
人間の無力を知れ
溺れたものがどうなるか
いたづらになげきかなしむことをやめ
それよりは脊負ふその子を立派に育てることだ
強く強く
海より強く
波より強く
その手の上に眠る海
その手の下に息を殺した暴風《あらし》と波と
此の壯大な幻想を
あかんぼの未來に描け
それをたのしみに生きろ
その子のちからが此の大海を統御する時
おんみはもはや惡まず恨まず
此の海をながめ
此の海の無私をみとめて
はじめて人間を知るであらう
人間を
そして此の海をかき抱いて愛するであらう
而もおんみはそれまでに
いくたび海に悲しくも語らねばならぬか
せめてその屍體《なきがら》なりと返してよと
ああ若くして頼《よ》るべなき寡婦《やもめ》よ

  大きな腕の詩

どこにか大きな腕がある
自分はそれを感ずる
自分はそれが何處にあるか知らない
それに就ては何も知らない
而もこれは何といふ力強さか
その腕をおもへ
その腕をおもへば
どんな時でも何處からともなく此のみ
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