の原野である。桑の木の間には胡麻やかぼちやの花がしづかに咲いてゐる。街道ではよく道をたづねたが此所では逢ふ人もないので、多少さみしさと不安とが下駄の足音なんどに交つて迫る。それでも分岐点には道標が立つてゐたので、迷ひもせずにやつとさつき遠くでみた森の所まできた。人声は夜遊びに行くらしい村の若者のそれであつた。道をきいたら深切にをしへてくれた。そこから芋銭氏の村までは近かつた。村に入つての第一印象は竹藪とやぶれた竹垣であつた。そのとつつきの農家に立ちよつてたづねたらそこでも親しくをしへてくれた。自分のすがたが見えなくなつてからも、そこでは壁の内で深切に怒鳴つてゐた。庭にはシンボリツクな桐の木が一本、その傍には風呂桶。此の村、自分にはまるでラビリンスの趣があつた。どこかで死んでゐる蛇の匂ひ、蚕の糞尿の匂ひ、草の匂ひ、獣の匂ひ――時時、白い化物がひよつこり出てくるので、いくどか、傘を楯にしたり、槍にしたりした。こんなことなら明日にすればよかつたと後悔しはじめた頃は、もう芋銭氏の大きな声でもすればきかれる程の距離まですゝんでゐたのである。軒先に蚊遣火など焚いて、寝ころんで笑ひながら馬鹿話をでも
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