よ。だがね、おぢさん、此處《こゝ》はあんたばかりの世界《せかい》ぢやありませんよ」
「それはさうだ」
「そんなら、そんなに、がみがみゆはないつたつていいでせう。そうじやないですか」
 牛《うし》はだまりこみました。虻《あぶ》はあいかわらず。そして酷《ひど》く相手《あひて》の腹《はら》をたてました。
 も一ど、それでも牛《うし》は
「お願《ねが》ひだから、靜《しづか》にしてゐてくんな」と頼《たの》みました。靜《しづ》かになつたやうでした。すると、こんどは虻《あぶ》の奴《やつ》、銀《ぎん》の手槍《てやり》でちくりちくりと處《ところ》嫌《きら》はず、肥太《こえふと》つた牛《うし》の體《からだ》を刺《さ》しはじめました。
 堪忍嚢《かんにんぶくろ》の緒《を》は切《き》れました。それでも強《つよ》い角《つの》をつかうほどでもありません。
 ぴゆツと一とふり尻尾《しつぽ》をふると、びちやりと大《おほ》きな腹《はら》の上《うへ》で、めちやめちやに潰《つぶ》れて死《し》んでしまひました。
 虻《あぶ》は生《うま》れてまだ幾日《いくにち》にもなりませんでした。
 そしてこれがその短《みぢか》い一|生《し
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