、まあご覧《らん》遊《あそ》ばせ、あれを。あれでも着物《きもの》と申《まを》すのでせうか。あれと私達《わたしたち》とは何《なん》の關係《くわんけい》も無《な》いやうなものの、あれも着物《きもの》、私達《わたしたち》お互《たがひ》も着物《きもの》、何《なん》となく世間《せけん》に對《たい》して、私《わたし》は氣耻《きはづか》しいやうでなりませんのよ」
「何《なん》だと」それを聽《き》かれたから、たまりません
「も一ぺんほざいて見《み》ろ。そのままにやしておかねえぞ、此《こ》の虚榮《きよえい》の塊《かたまり》め! 貧乏《びんぼう》がどうしたつてんだ。こうみえてもまだ貴樣等《きさまら》の臺所《だいどころ》の土間《どま》におすはりして、おあまりを頂戴《ちやうだい》したこたあ、唯《たゞ》の一どだつてねえんだ。餘《あんま》り大《おほ》きな口《くち》を叩《たゝ》きあがると、おい、暗《くれ》え晩《ばん》はきをつけろよ」
 これはまた落雷《らくらい》のやうな聲《こゑ》でした。さつきから啼《な》くのをやめて、どんなことになるかとはらはらしながらきいてゐた蝉《せみ》の哲學者《てつがくしや》、附近《あたり》が
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