「そんなら人間《にんげん》は」
「きまつてるじやねえか、蚤《のみ》さ」
 その時《とき》、女《をんな》の聲《こゑ》
「ちえツ、いまいましいつたらありやしない。また。捕逃《とりに》がしてよ。あなたがぼんやりしてゐるんだもの」
 やがて呼吸《いき》をふき返《か》へしたその蚤《のみ》
「おお、すんでのところ。小《ちつ》ぽけでも、たつた一つきやねえ生命《いのち》だ。危《あぶな》い。あぶない」


 蝉は言ふ

 富豪《ものもち》の家《いへ》では蟲干《むしぼし》で、大《おほ》きな邸宅《やしき》はどの部屋《へや》も一ぱい、それが庭《には》まであふれだして緑《みどり》の木木《きゞ》の間《あひだ》には色樣々《いろさま/″\》の高價《かうか》なきもの[#「きもの」に傍点]が匂《にほ》ひかがやいてゐました。
 その中《なか》でもとりわけ立派《りつぱ》な總縫模樣《そうぬいもやう》の晴着《はれぎ》がちらと、塀《へい》の隙《すき》から、貧乏《びんぼう》な隣家《となり》のうらに干《ほ》してある洗晒《あらひざら》しの、ところどころあてつぎ[#「あてつぎ」に傍点]などもある單衣《ひとへもの》をみて
「みな樣《さま》
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