す。自分《じぶん》だけです。それ外《ほか》無《な》いのさ、ね」
「でも、もし母《かあ》ちやんが飛《と》べなくなつたら、僕《ぼく》、死《し》んでもいい、たすけてあげる」
「そうかい、ありがとう。だけどね、またその蒼々《あを/\》とした大《おほ》きな海《うみ》を無事《ぶじ》にわたり切《き》つて、陸《をか》からふりかへつてその海《うみ》を沁々《しみ/″\》眺《なが》める、あの氣持《きもち》つたら……あの時《とき》ばかりは何時《いつ》の間《ま》にかゐなくなつてゐる友達《ともだち》や親族《みうち》もわすれて、ほつとする。ああ、あの嬉《うれ》しさ……」
「はやく行《い》つて見《み》たいなあ」
「わたしもよ、ね、母《かあ》ちやん」
「ええ、ええ。誰《だれ》もおいては行《ゆ》きません。ひとり殘《のこ》らず行《ゆ》くのです。でもね、いいですか、それまでに大《おほ》きくそして立派《りつぱ》に育《そだ》つことですよ。壯健《たつしや》な體《からだ》と強《つよ》い翼《はね》! わかつて」
「ええ」
「ええ」
「ええ」
と小《ちい》さい嘴《くち》が一|齊《せい》にこたへました。母燕《おやつばめ》はたまらなくなつて、みんな一しよに抱《だ》きしめながら
「何《なん》てまあ可愛《かあい》んだろ」
まだ生きてゐる鱸
朝早《あさはや》く、磯《いそ》で投釣《なげづ》りをしてゐる人《ひと》がありました。なかなか掛《かゝ》らないので、もうやめよう、もうやめようとおもつてゐました。と一|尾《ぴき》大《おほ》きな奴《やつ》がかかりました。
鱸《すゞき》でした。
その人《ひと》のよろこびつたらありませんでした。急《いそ》いで、それをぶらさげて歸《かへ》らうと立《た》ちあがりました。
すると鱸《すゞき》が
「にいさん、私《わたし》を何處《どこ》へもつて行《い》くんです」
と聲《こゑ》をかけました。
まだ生《い》きてゐるのでした。
「えつ! お母《つか》あにさ。お母《つか》あは此頃《このごろ》、すこし病氣《びやうき》してゐるんだ」とは言《ゆ》つたものの、心《こゝろ》の中《なか》では「すまない、すまない」と手《て》をあはせるばかりでありました。
魚《さかな》は
「どうせ食《た》べられるなら、こんな孝行者《かうこうもの》の親《おや》の口《くち》にはいるのは幸福《しあはせ》といふもんだ」と、よろこんでその觀念《くわんねん》の目《め》をとぢました。そして二|度《ど》と再《ふたゝ》びひらきませんでした。
莢の中の豆
莢《さや》の中《なか》には豆粒《まめつぶ》が五つありました。そして仲《なか》が善《よ》かつたのです。けふもけふとて、むつまじくはなしてゐました。
「もう外《そと》にでる日《ひ》が近《ちか》くなつたやうだね」
「どんなに美《うつく》しいでせう、世界《せかい》は」
「はやくみたいなあ」
「外《そと》にでても、此處《こゝ》で一つの莢《さや》の中《なか》で、かうしてお互《たが》ひに大《おほ》きくなつたことをわすれないで、仲善《なかよ》くしませうね」
「ええ」
ある日《ひ》の午後《ごゞ》。ぱちツと不思議《ふしぎ》な音《をと》がしました。莢《さや》が裂《さ》けたのです。豆《まめ》は耳《みゝ》をおさえたなり、地《ぢ》べたに轉《ころ》げだしました。
そしてばらばらになつてしまひました。
鳩はこたへた
鳩《はと》はお腹《なか》が空《す》いてゐました。朝《あさ》でした。羽蟲《はむし》を一つみつけるがはやいか、すぐ屋根《やね》から庭《には》へ飛《と》びをりて、それを捕《つか》まえました。
あはや、嘴《くちばし》が近《ちかづ》かうとすると
羽蟲《はむし》が
「ちよつと待《ま》つて」と言《い》ひました。
「何《なに》か用《よう》かえ」
「ええ」
「どんな用《よう》だえ。聽《き》いてやるがら言《ゆ》つて見《み》たらよからう」
羽蟲《はむし》はくるしい爪《つめ》の下《した》で、いひ澁《しぶ》つてゐましたが思《おも》ひ切《き》つて[#「切つて」は底本では「切つ」と誤記]
「あのう……世間《せけん》では、あなたのことを愛《あい》の天使《みつかひ》だの、平和《へいわ》の表徴《シンボル》だのつて言《ゆ》つてゐるんです」
「そして」
「それだのにあなたは今《いま》、何《なん》の罪《つみ》もない私《わたし》の生命《いのち》を取《と》らうとしてゐる」
「それから」
「それは無法《むほふ》といふものです」
「なるほど、或《あるひ》はそうかも知《し》れない。けれど自分《じぶん》は飢《う》えてゐる。それだから食《た》べる。これは自然《しぜん》だ、また權利《けんり》だ」
「えつ!」
「何《なに》もそんなにおどろくことはない。それが萬物《ばんぶつ》の生《い》きてゐる證據《しやうこ
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