《ほか》の馬《うま》「ええ。いい見物《みもの》ですよ」
「あれで、これでも萬物《ばんぶつ》の靈長《れいちやう》だなんて威張《ゐば》るんですよ、時々《とき/″\》」
「私達《わたしたち》のことを、ほんとに、畜生《ちくしやう》もないもんだ」
「わたしや、氣《き》が附《つ》かなかつたが一|體《たい》、今日《けふ》のは何《なに》からですね」
「きかねえんですか。のんだ酒《さけ》の勘定《かんじやう》からですよ。去年《きよねん》の盆《ぼん》に一どお前《まへ》におごつたことがあるから、けふのは拂《はら》へと、あののんだくれ[#「のんだくれ」に傍点]の俺《わし》の奴《やつ》が言《ゆ》ふんです。するとあんたの方《はう》も方《はう》ですわねえ。うむ、そんなら貴樣《きさま》がこないだ途中《とちう》で、南京米《なんきんまい》をぬき盗《と》つたのを巡査《じゆんさ》に告《つ》げるがいいかと言《ゆ》ふんです」
「へええ。何《なん》て圖々《づう/″\》しいんでせうね」そうして[#「そうして」は底本では「そうし」と誤記]半《なか》ば獨白《ひとりごと》のやうに「自分《じぶん》でこそ毎日《まいにち》のやうにやつてる癖《くせ》に」
「人間《にんげん》つて、みんなこんなんでせうか」
「さあ」
「それはさうと[#「それはさうと」は底本では「それうさはと」と誤記]なかなか長《なが》いね」
「どうでせう、あの態《ざま》は」
 喧嘩《けんくわ》はすぐには止《や》みませんでした。
 馬《うま》と馬《うま》は仲善《なかよ》く、鼻《はな》をならべて路傍《みちばた》の草《くさ》を噛《か》みながら、二人《ふたり》が半死半生《はんしはんしやう》で各自《てんで》の荷馬車《にばしや》に這《は》ひあがり、なほ毒舌《どくぐち》を吐《は》きあつて、西《にし》と東《ひがし》へわかれるまで、こんな話《はなし》をしてゐました。
「さようなら」
「では、御機嫌《ごきげん》よう」
 それをみてゐた大空《おほぞら》の鳶《とんび》が
「これがほんとに人間《にんげん》以上《いじやう》、馬《うま》以下《いか》つて言《ゆ》ふんだ。ぴいひよろ」と長《なが》いながい欠伸《あくび》をしました。


 動物園

 動物園《どうぶつゑん》には澤山《たくさん》の動物《どうぶつ》がゐました。
 勘察加産《カムチヤツカさん》の白熊《しろくま》がある夏《なつ》の日《ひ》のこと、水《みづ》から上《あが》り、それでも汗《あせ》をだらだら流《なが》しながら
「どうです、象《ぞう》さん。暑《あつ》いぢやありませんか」と聲《こゑ》をかけました。
 象《ぞう》が
「えつ、何《なん》ですつて、わしはこれでも寒《さむ》いぐらゐなんだ、熊《くま》さん。いまぢあ、すこし慣《な》れやしたがね、此處《こゝ》へはじめて南洋《なんやう》から來《き》たときあ、まだ殘暑《ざんしよ》の頃《ころ》だつたがそれでも、毎日々々《まいにち/\/\》、ぶるぶる震《ふる》えてゐましただよ」
「へええ」
 季節《とき》の推移《うつりかわり》は、やがて冬《ふゆ》となり、雪《ゆき》さえちらちら降《ふ》りはじめました。
 ある朝《あさ》、こんどは象《ぞう》が
「熊《くま》さん、どうです、今日《けふ》あたりは。雪《ゆき》の唄《うた》でもうたつておくれ。わしあ、氷《こほり》の塊《かたまり》にでもならなけりやいいがと心配《しんぱい》でなんねえだ」
「折角《せつかく》、お大事《だいじ》になせえよ。俺《おい》らは、これでやつと蘇生《いきかへ》つた譯《わけ》さ。まるで火炮《ひあぶ》りにでもなつてゐるやうだつたんでね」
「ふむむ」
「象《ぞう》さんよ」
「え」
「何《なん》の因果《いんぐわ》だらうね、おたがいに」
「何《なに》がさ」
「何《なに》がつて、こんなところに何《なに》か惡《わる》いことでもした人間《にんげん》のやうに、誰《だれ》をみても、かうして鐵《てつ》の格子《かうし》か、そうでなければ金網《かなあみ》や木柵《もくさく》、石室《いしむろ》、板圍《いたがこい》なんどの中《なか》に閉込《とぢこ》められてさ、その上《うへ》あんたなんかは御丁寧《ごていねい》に年《ねん》が年中《ねんぢう》、足首《あしくび》に重《おも》い鐵鎖《くさり》まで篏《は》められてるんだ」
「熊《くま》さん」
「なんだえ」
「ほんとに情無《なさけね》えよ。わしあ。國《くに》には親兄弟《おやけうだい》もあるんだが、父親《おやぢ》はもう年老《としより》だつたから、死《し》んだかも知《し》れねえ」
「わしもさ、晝間《ひるま》はそれでも見物人《けんぶつにん》にまぎれてわすれてゐるが、夜《よる》はしみじみと考《かんが》えるよ。嬶《かゝあ》や子《こ》ども等《ら》のことを……どうしてゐるかと思《おも》つてね」
 仲善《なかよ》しの象《ぞう》
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