と、喚《わめ》きました。
 神樣《かみさま》は、前《まへ》とおなじやうに
「そうか。よくわかつた。俺《わし》はお前達《まへたち》がかわいさうでならない。唯《たゞ》、それだけだ」
「えツ。唯《たゞ》、それだけですつて。ぢあ、酒《さけ》の方《ほう》はどうしてくださるんです」
「それは俺《わし》の知《し》つたことではない」
「まあ、此《こ》の神樣《かみさま》は」
「なんだ」
「酒《さけ》の方《はう》をどうして、くださるつて言《ゆ》つてるじやありませんか」
「そんなことは惡魔《あくま》に聞《き》け!」
 ぷりぷり怒《おこ》つてお上《かみ》さんは歸《かへ》りました。歸《かへ》りながら考《かんが》えました。「ええ、馬鹿《ばか》つくせえ。何《なん》とでもなるやうになれだ」と、途中《とちう》で、あらうことかあるまいことか女《をんな》の癖《くせ》に、酒屋《さかや》へその足《あし》ではいりました。
 底抜《そこぬ》けにひツ傾《か》けた證據《しやうこ》の千鳥《ちどり》あし、それをやつと踏《ふ》みしめて家《いへ》の閾《しきゐ》を跨《また》ぎながら
「やい、宿《やど》六、飯《めし》をだしてくれ、飯《めし》を。腹《はら》がぺこぺこだ。え。こんなに暗《くら》くなつたに、まだランプも點《つ》けやがらねえのか。え、おい」
 おどろいたのは御亭主《ごていしゆ》でした。大變《たいへん》なことになつたものです。天地《てんち》が、ひつくりかえつたやうです。そんな日《ひ》がそれ以來《いらい》、幾日《いくにち》も幾日《いくにち》も續《つゞ》きました。餘《あま》りのおどろきに御亭主《ごていしゆ》は、自分《じぶん》の酒慾《しゆよく》も何《なに》もすつかり、どこへか忘《わす》れました。そして眞面目《まじめ》に働《はたら》きだしました。
 するとお上《かみ》さんも考《かんが》えました。その不品行《ふひんかう》が耻《はづか》しくなつて來《き》たのです。
 或《あ》る日《ひ》、夫婦《ふうふ》して仲睦《なかむつま》じくお茶《ちや》をのんでゐると、そこへ雉《きじ》の子《こ》が木《き》の葉《は》を一つ葉《ぱ》、啣《くわ》えてきて、おいて行《ゆ》きました。それは裏山《うらやま》の神樣《かみさま》からでした。何《なに》か書《か》いてありました。みると
「さあ、これでお前達《まへたち》の願望《ねがい》はかなつた」


 ささげの秘曲

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