何《なん》んだい」
「おお」と蛙《かへる》はおどろきました。
なんだか急《きふ》に池《いけ》の中《なか》がさわがしくなりました。魚類《さかなたち》がいつもの舞踏《ダンス》をはじめたのです。それをみると、もう飛立《とびた》つばかりにうれしくなり、何《なに》もかもすつかり忘《わす》れて
木菟《みゝづく》が
「ほう、ほう、ほろすけほ」
蛙《かへる》も
「がちがちがちがち」
鯛の子
ある日《ひ》、鯛《たひ》の子《こ》が
「お父樣《とうさま》、しばらくお暇《いとま》が戴《いただき》きたうございます」とおそるおそる父《ちゝ》の前《まへ》にでて、お願《ねが》ひしました。そして心《こゝろ》の中《うち》では、どうか聽容《きゝい》れてくれるといいが。
父鯛《おやだい》はそれと聞《き》いて
「おお、汝《そち》は暇《いとま》をもらつて何《なん》とするのか」
「はい、旅《たび》に出《で》やうと思《おも》ひまして」
「む、旅《たび》に」
「はい」
「何處《どこ》へ、そしてまた、何《なに》しに行《ゆ》く」
「はい。私《わたし》はつくづく自分《じぶん》に智慧《ちゑ》の無《な》いことを知《し》りました」
「それで」
「それで、これから廣《ひろ》い世界《せかい》をめぐつて、もつともつと樣々《さま/″\》のことを見《み》たり聞《き》いたりしたいのです」
「それもよからう。けれど汝《そち》は卑《いや》しくも魚族《ぎよぞく》の王《わう》の、此《こ》の父《ちゝ》が世《よ》をさつたらばその後《あと》を嗣《つ》ぐべき尊嚴《たうと》い身分《みぶん》じや。决《けつ》して輕々《かろ/″\》しいことをしてはならない。よいか」
「はい」
「それが解《わか》つたら、すべては汝《そち》の自由《じいう》に委《まか》せる」
生《うま》れてはじめての鯛《たひ》の子《こ》の旅《たび》! 從者《じうしや》もつれず唯《ただ》、獨《ひと》りはじめの七|日《か》十|日《か》は何《なに》かと物珍《ものめづ》らしくおもしろかつたが、段々《だん/″\》と日《ひ》を追《を》つて澤山《たくさん》のくるしいことや悲《かな》しいことが、到《いた》るところに待伏《まちぶせ》し、とり圍《かこ》み、且《か》つ攻寄《せめよ》せてくるのでした。
「自分《じぶん》は鯛王《たひわう》の子《こ》だ。失敬《しつけい》なことをするな」
すると鮫《さめ》が
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