よ。だがね、おぢさん、此處《こゝ》はあんたばかりの世界《せかい》ぢやありませんよ」
「それはさうだ」
「そんなら、そんなに、がみがみゆはないつたつていいでせう。そうじやないですか」
牛《うし》はだまりこみました。虻《あぶ》はあいかわらず。そして酷《ひど》く相手《あひて》の腹《はら》をたてました。
も一ど、それでも牛《うし》は
「お願《ねが》ひだから、靜《しづか》にしてゐてくんな」と頼《たの》みました。靜《しづ》かになつたやうでした。すると、こんどは虻《あぶ》の奴《やつ》、銀《ぎん》の手槍《てやり》でちくりちくりと處《ところ》嫌《きら》はず、肥太《こえふと》つた牛《うし》の體《からだ》を刺《さ》しはじめました。
堪忍嚢《かんにんぶくろ》の緒《を》は切《き》れました。それでも強《つよ》い角《つの》をつかうほどでもありません。
ぴゆツと一とふり尻尾《しつぽ》をふると、びちやりと大《おほ》きな腹《はら》の上《うへ》で、めちやめちやに潰《つぶ》れて死《し》んでしまひました。
虻《あぶ》は生《うま》れてまだ幾日《いくにち》にもなりませんでした。
そしてこれがその短《みぢか》い一|生《しやう》でした。
泥棒
泥棒《どろぼう》が監獄《かんごく》をやぶつて逃《に》げました。月《つき》の光《ひかり》をたよりにして、山《やま》の山《やま》の山奥《やまおく》の、やつと深《ふか》い谿間《たにま》にかくれました。普通《なみ》、大抵《たいてい》の骨折《ほねを》りではありませんでした。そこで綿《わた》のやうに疲勞《つか》れて眠《ねむ》りにつきました。草《くさ》を敷《し》き、石《いし》を枕《まくら》にして、そしてぐつすりと。
朝《あさ》。
神樣《かみさま》がそれを御覧《ごらん》になりました。これは、なんといふ瘻《やつ》れた寢顏《ねがほ》だらう。
「おお、わが子《こ》よ」と仰《おほ》せられて、人間《にんげん》どもの知《し》らない聖《きよ》い尊《たつと》いなみだをほろりと落《おと》されました。
それをみてゐた朝起《あさお》きのひたき[#「ひたき」に傍点]も、おもはず貰《もら》ひ泣《な》きをいたしました。
[#底本には、本文から離れた位置に「もつて。」と誤植]
星の國
山《やま》の中《なか》に古池《ふるいけ》がありました。そこに蛙《かへる》の一|族《ぞく》が何不自由
前へ
次へ
全34ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山村 暮鳥 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング