、まあご覧《らん》遊《あそ》ばせ、あれを。あれでも着物《きもの》と申《まを》すのでせうか。あれと私達《わたしたち》とは何《なん》の關係《くわんけい》も無《な》いやうなものの、あれも着物《きもの》、私達《わたしたち》お互《たがひ》も着物《きもの》、何《なん》となく世間《せけん》に對《たい》して、私《わたし》は氣耻《きはづか》しいやうでなりませんのよ」
「何《なん》だと」それを聽《き》かれたから、たまりません
「も一ぺんほざいて見《み》ろ。そのままにやしておかねえぞ、此《こ》の虚榮《きよえい》の塊《かたまり》め! 貧乏《びんぼう》がどうしたつてんだ。こうみえてもまだ貴樣等《きさまら》の臺所《だいどころ》の土間《どま》におすはりして、おあまりを頂戴《ちやうだい》したこたあ、唯《たゞ》の一どだつてねえんだ。餘《あんま》り大《おほ》きな口《くち》を叩《たゝ》きあがると、おい、暗《くれ》え晩《ばん》はきをつけろよ」
 これはまた落雷《らくらい》のやうな聲《こゑ》でした。さつきから啼《な》くのをやめて、どんなことになるかとはらはらしながらきいてゐた蝉《せみ》の哲學者《てつがくしや》、附近《あたり》がもとの靜穩《しづかさ》にかへると
「どうも此《こ》の喧嘩《けんくわ》は解《わか》らない。晴着《はれぎ》は晴着《はれぎ》でよいではないか。また、單衣《ひとへもの》は單衣《ひとへもの》でよいではないか。晴着《はれぎ》は晴着《はれぎ》。單衣《ひとへもの》は單衣《ひとへもの》。晴着《はれぎ》がいくら立派《りつぱ》でも單衣《ひとへもの》の役《やく》には立《た》たない。單衣《ひとへもの》もそうだ。晴着《はれぎ》の場所《ばしよ》へは向《む》かない。これは彼《かれ》を蔑《さげす》み、彼《かれ》はこれを憤《いきどほ》る。こんなことが、一|體《たい》あつてよいものか」
 そして最後《さいご》につくづく感服《かんぷく》したらしくつけ加《くは》へました。
「“Know[#「Know」は底本では「Knaw」と誤記] thyself”(汝《なんぢ》自身《じしん》を知《し》れ)とは、まことに千|古《こ》の金言《きんげん》だ」


 耳を切つた兎

 山《やま》の兎《うさぎ》がふもとの村《むら》のお祭《まつ》りにでかけました。おしやれな娘兎《むすめうさぎ》のこととて、でかけるまでには谿川《たにがは》へ下《を》りて顏《
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