ゃ》を朝《あさ》から晩《ばん》まで輓《ひ》くために、私《わたし》の親《おや》は私《わたし》をうんだのでもなからうに。自分《じぶん》の子《こ》がこんな目《め》に遇《あ》つてゐるのをみたら、人間《にんげん》ならなんと云《い》ふだらう」
 馬《うま》はこのまんま、消《き》えるやうに死《し》にたいと思《おも》ひました。死《し》んで、そして何處《どこ》かで、びつくりして自分《じぶん》に泣《な》いてわびる無情《むじやう》な主人《しゅじん》がみてやりたいと思《おも》ひました。
 けれど直《す》ぐまた思《おも》ひなほしました。
「お互《たがひ》に、明日《あす》の生命《いのち》もしれない、はかない生《い》き物《もの》なんだ。何《なん》でも出來《でき》るうちに爲《す》る方《はう》がいいし、また、やらせることだ」と。


 蚊

 蚊《か》が一ぴきある晩《ばん》、蚊帳《かや》の中《なか》にまぐれこみました。みんな寢靜《ねしづ》まると
「どうだい、これは、自分《じぶん》はまあ何《なん》といふ幸福者《しあはせもの》だらう。こんやは、それこそ思《おも》ふ存分《ぞんぶん》、腹《はら》一|杯《ぱい》うまい生血《いきち》にありつける譯《わけ》だ」
 そして外《そと》の友《とも》だちに囁《ささや》いた。
「うらやましからう。だが、これは天祐《てんゆう》といふもので、いくら自分《じぶん》が君達《きみたち》をいれてあげやうとしたところで駄目《だめ》なんだ」
 そこには可愛《かあい》らしい肉附《にくづき》の、むつちり肥《ふと》つたあかんぼ[#「あかんぼ」に傍点]が母親《はゝおや》に抱《だ》かれて、すやすやと眠《ねむ》つてゐました。その頬《ほ》つぺたに蚊《か》が吸《す》ひつくと、あかんぼ[#「あかんぼ」に傍点]は目《め》をさまして泣《な》きだしました。と、ぱちツ! 手《て》で打《う》つ大《おほ》きな音《をと》がしました。[#「しました。」は原文では「しました、」と誤記、136−2]
 ぷうんと蚊《か》は、やつと逃《に》げるには逃《に》げたが、もう此《こ》の狭《せま》い蚊帳《かや》の中《なか》がおそろしくつて、おそろしくつてたまらなくなりました。
 その時《とき》、電燈《でんとう》の笠《かさ》にとまつてゐた黄金蟲《こがねむし》が豫言者《よげんしや》らしい口調《くちやう》で、こんなことを言《い》ひました。
「馬鹿
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