#「けち」に傍点]な風《かぜ》だらう。吹《ふ》くなら吹《ふ》くらしくふけばいいんだ。此《こ》の暑《あつ》いのに。みてくんな、此《こ》の汗《あせ》を。どうだいまるで流《なが》れるやうだ」
風鈴《ふうりん》がねぼけたやうにちりりん[#「ちりりん」に傍点]と、そのとき搖《ゆ》れました。
「ほんとにねえ。これぢや、いい風《かぜ》ですとも言《ゆ》はれませんよ。まつたく」
ちらとそれをきいて風《かぜ》は憤《むつ》としました。「此《こ》の意氣地《いくぢ》なしども! そんなら一昨年《おととし》の二百十|日《か》のやうに、また一と泡《あわ》吹《ふ》かしてくれやうか」と怒鳴《どな》りつけやうとは思《おも》つたが、何《なに》をいふにも相手《あひて》はたか[#「たか」に傍点]のしれた人間《にんげん》だとおもひ直《なほ》して、だまつて大股《おほまた》に、あとをも見《み》ず、廣々《ひろ/″\》とした野山《のやま》の方《はう》へ行《い》つてしまひました。
馬
こげつくやうな熱《あつ》い日《ひ》でした。
村《むら》の酒屋《さかや》の店前《みせさき》までくると、馬方《うまかた》は馬《うま》をとめました。いつものやうに、そしてにこにことそこに入《はい》り、どつかりと腰《こし》を下《をろ》して冷酒[#「冷酒」は底本では「冷配」と誤記]《ひやざけ》の大《おほ》きな杯《こつぷ》を甘味《うま》さうに傾《かたむ》けはじめました。一|杯《ぱい》一|杯《ぱい》また一|杯《ぱい》。これから腹《はら》がだぶだぶになるまで呑《の》むのです。[#「呑むのです。」は底本では「呑むのです」と誤記]そして眠《ねむ》くなると、虹《にじ》でも吐《は》くやうなをくび[#「をくび」に傍点]を一つして、ごろりと横《よこ》になるのです。と雷《かみなり》のやうな鼾《いびき》です。
荷馬車《にばしや》は重《をも》い。山《やま》のやうな荷物《にもつ》です。
この炎天《えんてん》にさらされて、行《ゆ》くこともならず、還《かへ》りもされず、むなしく、馬《うま》はのんだくれ[#「のんだくれ」に傍点]の何時《いつ》だか知《し》れない眼覺《めざ》めをまつて尻尾《しつぽ》で虻《あぶ》や蠅《はひ》とたわむれながら、考《かんが》へました。かんがへるとしみじみ悲《かな》しくなりました。
「なんといふ一|生《しやう》だらう。こうして荷馬車《にばし
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