と、水《みづ》から上《あが》り、それでも汗《あせ》をだらだら流《なが》しながら
「どうです、象《ぞう》さん。暑《あつ》いぢやありませんか」と聲《こゑ》をかけました。
 象《ぞう》が
「えつ、何《なん》ですつて、わしはこれでも寒《さむ》いぐらゐなんだ、熊《くま》さん。いまぢあ、すこし慣《な》れやしたがね、此處《こゝ》へはじめて南洋《なんやう》から來《き》たときあ、まだ殘暑《ざんしよ》の頃《ころ》だつたがそれでも、毎日々々《まいにち/\/\》、ぶるぶる震《ふる》えてゐましただよ」
「へええ」
 季節《とき》の推移《うつりかわり》は、やがて冬《ふゆ》となり、雪《ゆき》さえちらちら降《ふ》りはじめました。
 ある朝《あさ》、こんどは象《ぞう》が
「熊《くま》さん、どうです、今日《けふ》あたりは。雪《ゆき》の唄《うた》でもうたつておくれ。わしあ、氷《こほり》の塊《かたまり》にでもならなけりやいいがと心配《しんぱい》でなんねえだ」
「折角《せつかく》、お大事《だいじ》になせえよ。俺《おい》らは、これでやつと蘇生《いきかへ》つた譯《わけ》さ。まるで火炮《ひあぶ》りにでもなつてゐるやうだつたんでね」
「ふむむ」
「象《ぞう》さんよ」
「え」
「何《なん》の因果《いんぐわ》だらうね、おたがいに」
「何《なに》がさ」
「何《なに》がつて、こんなところに何《なに》か惡《わる》いことでもした人間《にんげん》のやうに、誰《だれ》をみても、かうして鐵《てつ》の格子《かうし》か、そうでなければ金網《かなあみ》や木柵《もくさく》、石室《いしむろ》、板圍《いたがこい》なんどの中《なか》に閉込《とぢこ》められてさ、その上《うへ》あんたなんかは御丁寧《ごていねい》に年《ねん》が年中《ねんぢう》、足首《あしくび》に重《おも》い鐵鎖《くさり》まで篏《は》められてるんだ」
「熊《くま》さん」
「なんだえ」
「ほんとに情無《なさけね》えよ。わしあ。國《くに》には親兄弟《おやけうだい》もあるんだが、父親《おやぢ》はもう年老《としより》だつたから、死《し》んだかも知《し》れねえ」
「わしもさ、晝間《ひるま》はそれでも見物人《けんぶつにん》にまぎれてわすれてゐるが、夜《よる》はしみじみと考《かんが》えるよ。嬶《かゝあ》や子《こ》ども等《ら》のことを……どうしてゐるかと思《おも》つてね」
 仲善《なかよ》しの象《ぞう》
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