》気取った家で、凡《すべ》て上方《かみがた》風な少し陰気ではあったが中々《なかなか》凝《こ》った建方《たてかた》である、殊《こと》に便所は座敷の傍《わき》の細い濡椽《ぬれえん》伝いに母家《おもや》と離れている様な具合、当人も頗《すこぶ》る気に入ったので直《すぐ》に家主《やぬし》の家《うち》へ行って相談してみると、屋賃《やちん》も思ったより安値《やす》いから非常に喜んで、早速《さっそく》其処《そこ》へ引移《ひきうつ》ることにした。
 さて家人が其処《そこ》へ転居してから一週間ばかりは何の変事も無かった、が偶然《ふと》或《ある》夜の事――それは恰度《ちょうど》八月の中旬《なかば》のことであったが――十二時少し過ぎた頃、急にその男が便通を催したので、枕許《まくらもと》の手燭《てしょく》へ燈《あかり》をつけて、例の細い濡椽《ぬれえん》を伝って便所へ行った、闇夜の事なので庭の樹立等《こだちなど》もあまりよく見えない、勿論《もちろん》最早《もう》夜も更《ふ》け渡っているので四辺《あたり》はシーンと静かである、持って来た手燭《てしょく》は便所の外に置いて、内へ入った、便所の内というのも、例の上方式の
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
沼田 一雅 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング