見届けてやろうと思って簾《すだれ》から庭の外を見たが、闇に四隣寂寥《しりんせきりょう》として手燭《てしょく》の弱い燈《ひ》に照らされた木立の影が長く地に印《いん》せられて時々桐の葉の落ちる音がサラサラとするばかり、別に何物も見えない。これは矢張《やはり》自分の迷《まよい》であったかと思って、悠然と其処《そこ》を出て、手を洗って手拭《てぬぐい》で手を拭きながら、一寸《ちょっと》庭を見ると彼は呀《あっ》と驚いた、また立っていたのだ、同じ顔、同じ姿でしかも黙って此方《こっち》を向いて今にも自分の方へ来そうなので、もう彼も堪《たま》らなくなったから、急いで母家《おもや》へ駆けこんで床《とこ》へ入ったが、この晩は、とうとう一晩、如何《どう》しても寝られないので仕方なく徹夜《よあかし》をした。
一度ならず二度までもあまりといえば不思議なので翌朝《よくあさ》彼は直《すぐ》に家主《いえぬし》の家へ行った、家主《やぬし》の親爺《おやじ》に会って今日まであった事を一部始終|談《はな》して、一躰《いったい》自分の以前には如何《どん》な人が住んでおったかと訊ねたが、初めの内は言《げん》を左右にして中々《なかなか》に真相を云わなかったが終《つい》にこう白状した、その談《はなし》によると、何《な》んでもこの家《うち》を建てた人と云うのは某華族へ一生奉公に上《あが》っていた老女だそうだ。この婆さん真実の身内というものがない、その関係もあったろうが、元来が上方者《かみがたもの》の吝嗇家《しまりや》だったから、御殿奉公中からちょびちょび小金《こがね》を溜めて大分持っていたそうだ、しかしもう齢《とし》が齢《とし》なので屋敷も暇《ひま》を貰って自分は此処《ここ》へ一軒|新《あた》らしく家を建てたが、何分《なにぶん》にも老先《おいさき》の短かい身に頼り少いのが心細く、養子を貰ったそうだ。ところが不幸にもその養子になった男が頗《すこぶ》る放蕩無頼《ほうとうぶらい》の徒で、今まで老婆が虎の子の様な溜めておいた金を、何時《いつ》しか老婆を騙《だま》し騙《だま》し浪費して、終《つい》に最早《もう》すっかり無くなった時分にはとうとう姿を隠して家を逃げてしまった、残された老婆は非常に怨憤《うら》み落胆《らくたん》して常に「口惜《くや》しい口惜《くや》しい」といっていた。終《つい》にそれがもとで発狂して死んでしまった
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