《もたげ》ると、坐敷の隅《すみ》に何か居るようだ、ハテなと思い眼をすえて熟視《よくみ》ると、三十くらいで細面《ほそおもて》の痩《やせ》た年増が、赤児に乳房をふくませ、悄然《しょうぜん》として、乳を呑《のま》せていたのである、この客|平常《つね》は威張屋《いばりや》だが余程臆病だと見え、叫喚《あっ》と云って慄《ふる》え出し、飲《のん》だ酒も一時に醒《さめ》て、最《も》う最《も》うこんな家《うち》には片時も居られないと、襖《ふすま》を蹴《け》ひらき倉皇《そうこう》表へ飛出《とびだ》してしまい芸妓《げいぎ》も客の叫喚《さけび》に驚いて目を覚《さま》し、幽霊と聞《きい》たので青くなり、これまた慌てて帰ったとの事だが、この噂が溌《ぱっ》と立《たっ》て、客人の足が絶え営業の継続が出来ず、遂々《とうとう》この家《いえ》も営業《しょうばい》を廃《やめ》て、何処《どこ》へか転宅《てんたく》してしまったそうだ、それに付き或る者の話を聞くに、この家は以前《もと》土蔵を毀《こわ》した跡へ建《たて》たのだが、土蔵の在《あっ》た頃当時の住居人《すまいにん》某《それ》の女房《にょうぼ》が、良人《おっと》に非常なる逆
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