出る機会《とたん》、その女の顔を見るが否や、席亭《せきてい》の主人は叫喚《きゃっ》と云って後ろへ転倒《ひっくらかえ》り汝《てめえ》まだ迷っているか堪忍してくれと拝《おが》みたおされ。女俳優《おんなやくしゃ》はあべこべに吃驚《びっくり》して、癪《しゃく》を起《おこ》したなどは滑稽だ。

◎京都《きょうと》の某壮士或る事件を頼まれ、神戸《こうべ》へ赴き三日|斗《ばか》りで、帰る積《つも》りのところが十日もかかり、その上に示談金が取れず、貯《たくわ》えの旅費は支《つか》いきり、帰りの汽車賃にも差支《さしつか》え、拠無《よんどころな》く夕方から徒歩で大坂《おおさか》まで出掛《でかけ》る途中、西《にし》の宮《みや》と尼《あま》が崎《さき》の間《あい》だで非常に草臥《くたび》れ、辻堂《つじどう》の椽側《えんがわ》に腰を掛《かけ》て休息していると、脇の細道の方から戛々《かつかつ》と音をさせて何か来る者がある、月が有るから透《すか》して見ると驚《おどろい》た、白糸縅《しらいとおどし》の鎧《よろい》に鍬形打《くわがたうち》たる兜《かぶと》を戴《いただ》き、大太刀を佩《お》び手に十文字の鎗《やり》を提《さ
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