入って来た様子もなし、また出た様な迹方《あとかた》もない、あまりに奇異なこともあると思いながら、それから起きて朝飯を食っていると、突然|隣家《となり》から何か多くの人声が騒がしく聞こえてきた、隣家《となり》といっても、実は壁|一重《ひとえ》の事だから、人の談話声《はなしごえ》がよく聞えるので、私は黙って耳をすまして聴いてると、思わず戦慄《ぞっ》とした、隣の主人が急病で死んだとの事だ、隣家《となり》の事でもあるから、黙っていられず、自分も早速《さっそく》悔《くやみ》に行った、そして段々《だんだん》聴いてみると、急病といっても二三日|前《ぜん》からわるかったそうだが、とうとう今朝《けさ》暁方《あけがた》に、息を引取《ひきと》ったとの事、自分がその姿を見たのも、今朝《けさ》がた、自分は決してそんな病気というような事も知らない、談話《はなし》さえ一度もしない、あかの他人だ、そしてこの無関係な者の眼にかく映じたのだ。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
1909(明治42
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