まだ布哇《はわい》の伯母の家《いえ》に、寄寓《きぐう》していた頃、それは恰《あたか》も南北戦争の当時なので、伯母の息子|即《すなわ》ちその男には従兄に当たる青年も、その時自ら軍隊に加《くわわ》って、義勇兵として戦場に臨んだのであった。その留守中のこと、或《ある》晩|最早《もう》家《いえ》の人も寝鎮《ねしずま》って、夜も大分|更《ふ》けた頃に、不図《ふと》戸外《おもて》で「お母さん、お母さん、」と呼ぶ従兄の声がするので、伯母もその男も、共に眼を覚して、一緒に玄関まで出て、そこの扉を開けて、外を見ると、従兄は勿論《もちろん》、誰《たれ》の姿も其処《そこ》に見えない、不思議とは思ったが、その夜はそれなりに、寝てしまったのである。翌朝《よくちょう》になって、家人一同が、昨夜の出来事を談《はな》して如何《いか》にも奇妙だといっていたが、多分|門違《かどちがえ》でもあったろうくらいにしてその儘《まま》に過ぎてしまった。やがてそれから月日も経《た》って、従兄も無事に戦争から、芽出度《めでたく》凱旋《がいせん》をしたのであった。勇ましい戦争談の末に、伯母が先夜の事を語ると、従兄は暫時《しばらく》、黙っ
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