類道具も片なくなっている際《さい》でもあるし、如何《どん》な事をするかも知れない、が妾《わたし》は死しての後《のち》はあの安らかな世に行《ゆ》く様せめては一本の香烟《こうえん》を立ててもらいたいが、それも一度実家を出《い》でてこの家の妻となりしものが、死せる後《のち》再び父なる人の御世話になるのは、しに行《ゆ》く我心にとって誠に心よくないから、実は妾《わたし》にとっては何とも心もとないことだが時節なれば致方《いたしかた》ないと諦めて過日《すぐるひ》は日頃|愛玩《あいがん》の琴二面を人手に渡して、ここに金が六十円出来た、老いたる親に思いもよらぬ煩《わずらい》をかけて先だつ身さえ不幸なるに、死しての後《のち》までかかる御手数をかけるは、何とも心苦しいが、何卒《なにとぞ》この金を以《もっ》て、妾《わたし》の身は貴下《あなた》の手から葬式をして一本の御回向《ごえこう》を御頼み申《もうし》ます。憶出《おもいだ》せばこの琴はまだ妾《わたし》が先生の塾に居《お》った時分|何時《いつ》ぞや大阪《おおさか》に催された演奏会に、師の君につれられて行く時、父君《ちちぎみ》が妾《わたし》の初舞台の祝《いわい》
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