蝙蝠の歴史
片山廣子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)川蝉《かはせみ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)福[#「福」に傍点]
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 古いゲエルの伝説に出てくる蝙蝠の話を読むと、昔の昔から彼はきらはれものであつたらしい。蝙蝠にはいろいろの名があつたらしいが「黒い放浪者」といふのが一ばん詩的な名だとその伝説の筆者は書いてゐる。
 世界の初めごろ蝙蝠は川蝉《かはせみ》のやうに青い色で、胸は燕のやうに白く、そしてうるほひ深い大きな眼を持つてゐたから、その眼の色とひらめく羽根のうごきとで「きらめく火」といふ名でもあつたが、世の中が移り変つてその「きらめく火」が「黒い放浪者」とまでなつてしまつた。
 キリスト「御苦難」の日の出来事である。一羽の駒鳥が飛んで来て十字架の上にくるしむキリストの手から足から茨の刺を抜かうとして、キリストの血で小さい胸を赤く濡らしてゐるとき、蝙蝠がひらひらその辺を飛び廻つて、「何と私は美しいだらう! 私が飛ぶのは早いだらう!」と自慢らしく鳴いた。キリストはお眼をふり向けて蝙蝠をごらんなされた。すると潮が引い
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