々に初めて春が来るとき、そのとき聖女ブリジツトの来る前兆が見える。それはたんぽぽ、仔羊、海鳥、普通に都鳥とよばれてゐる鳥どもである。昔のむかしの何時からともなく、春がくれば先づ路傍に黄いろい花を咲かせるたんぽぽ、これが聖女ブリジツトの花とされてゐる。二月のブリジツトの季節になると羊飼たちは霧の中におびただしい仔羊どもの鳴き声をきくことがある、それに牝羊の声が交つてゐない時、それは聖女がそこを通られたしるしだと彼等は信じてゐる、聖女はやがてこの地上の丘にも野にも生れ出ようとする無数の仔羊どもを連れて通られるのださうである。西海岸や遠い沖の離れ島に住む漁師たちは「牡蠣捕《かきと》り」と呼ばれ都鳥とも言はれる海鳥のくりかへし鳴く声をひさしぶりに聞く時、よろこび勇む。それはすばらしい魚の大群がこの浜に近寄つてくる先ぶれで、それにつれて南風も吹き、僅かながら青い色が草の上に見えてくるし、どこからか小鳥らが籔を探してくる。さうすると鳥どもの歌も聞えて、地上のどこにも新しい歓びが来る。「浜辺の聖女ブリジツト」が顕はれたしるしである。
「旅びとの歓び」といふ別の名を持つてゐる路傍の黄いろい花のたんぽぽ
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