い無駄な事であつた。しかし、一人の義経なぞのためにと私は思ふけれど、何といつても源の頼義以来のなじみある奥州の土地で、清原藤原の強大な豪族の彼等であつても、天子のお血すぢの伝はる源氏の家を何かしら自分たち以上のものとして尊み仕へる習慣でもあつたらう。その源家の一人の大将義経を保護することは彼等の義理であり、光栄であつたのかもしれない。それに一族の英雄時代は過ぎて凡庸の当主の世になつて、あれほどあつけなく滅びたのであらう。それにしても藤原一族の生命であり、力であつた黄金が彼等の全滅後ただの一枚でも敵に発見されなかつたことはじつに愉快だつた。みんな使ひ果したのか、それとも何処ぞの山か谷の奥に彼等の宝庫が今も眠つてゐるのだらうか。夢と不思議のこもるお堂の前に立つて私はしばらく念じてゐた。「勇士たちよ、いま日本は戦争してくるしんでゐます。勇士たちよ、私たちは苦しんでゐます」と私は祈るともなく祈つてゐた。
すばらしい杉の大木のあひだをぬけて裏山の方へ出ると、向うの黄ろい草山のすそを大きな河が流れて水が白いしぶきを立ててゐた。
栗をうるをばさんに会つて「栗はいかが?」と訊かれたが、私たちは帰り
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