少し歩いてから「死ぬ相談じやないでせうか?」と私がいふと「だいじよぶでせう」とFが言つた。(どうしても死ぬつもりのやうに心に懸つてゐたので、その後一週間ぐらゐ新聞を充分気をつけて見てゐたが、松島で心中した人の事はどこにも出てゐなかつたから、ほんとうに、だいじよぶだつたらしい)。
 橋を渡つて帰つて来てホテルから遠い方の渚を歩き、そこから街道をよこぎつて瑞厳寺に行つた。大門は開かれてゐたが、何か置きわすれられたやうにさびしい感じで、その辺に散り積つた松葉はさび[#「さび」に傍点]を見せるよりは、荒廃した国土のごみの吹きたまりのやうに見えて、なさけない気持ですぐ戻つて来た。途中おみやげを売る店で松島の絵のついた箸や楊子入をいくつも、それから貝細工のきれいな椿の花の帯止を二つ買つた。一つはCに、もう一つは大森の家に留守居してゐる若い人のために。
 もう一度ホテルで休んでお茶をのみケーキをたべて、ほんとに好いホテルだと思つた。帰りの電車を塩釜で下りた。ちやうど夕方で、道路にも橋にも魚のにほひがいつぱいに流れ、いますぐ前に荷上げされた魚が山のやうに投げ出された市場の前を通りすぎると、あまり人には
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