道を曲つて大学教授たちの住む静かな部落に行つて見た。どこも一ぱいに花が咲いて、中にも二本の大きな桜が庭に咲いてゐる家を見た。その花々がすこし散り始めて、そのあたり人影もなく、午後の日ざかりに家々はしいんと眠つてゐるやうで、聊斎志異の物語に出てくる女の子や老人がそこのどの家かに住んでゐるかと思はれた。先生がたもかういふ静かな明るいところで本を読みながら年をとるのは幸福であらうと私には思はれた。
帰りに坂を下りて近みちをするため大学のグラウンドのそばの橋をわたつた。二三日前から橋の修繕をしてゐるのを私たちの家の方から見てゐたが、今日は工事も片づいたらしく、渡つてゆく人が二人も三人も見えたから、私たちも渡つてみた。するともうすこしといふ所で、ほんの二三間だけまだ板が張つてなかつた。私たちは下駄をぬいで片手にぶらさげ片手で欄干につかまつて橋桁の上をのろのろ歩いた。下をのぞくと広瀬川の浅瀬の水が石に白くぶつかつてざぶざぶ流れ、学校がへりの子供が悪戯をする時のやうな気持だつた。
四月十八日街で買物をして鐘紡でお茶を飲んでから外に出ると、ひろい道路の角に大きな紙が張り出され、敵機がはじめて東京の
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