空に来たといふ報知が出てゐて、その前は一ぱいの人だかりであつた。私はFと顔を見あはせて「もうこれきり仙台に来られさうもないわ」と言つた。その広い四つ辻の向う角に行つて丸善の店にはいると、この一大事の報道を見た人たちであらう、この店にいつぱいはいつてゐた。みんなが当分は、あるひは永久に、触れることのできない外国のにほひに別れを惜しむために集つてゐたのであらうか? 銅の美しい蝋燭立や紳士用の雨傘、うす茶色のパジヤマなぞ、自分におよそ縁の遠い物まで私は手に取つて触つてみたが、買つた物は歯ブラシと浴用石けん、すこし色のあせた毛おりのスリツパ位なもので、本の店と言つてもこの時分となつては外国の本や雑誌は何も見えないやうだつた。
 私は二三日様子を見てから、ほんとうに仙台の町にさよならした。



底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
入力:竹内美佐子
校正:富田倫生
2008年10月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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