私は感心してながめたが、段々を下りきつて玄関のそで垣のそばを通るとき、仰むいてその樹を見ると、青い実が生つてゐた。信州にもたくさん胡桃があるけれど、私が夏ごとに住みなれた軽井沢の町近くではあまり胡桃の樹にめぐり会はないから、今ここに迎へてくれたこの樹は愉快な影を私の心に映した。玄関に迎へに出たC女のあとから鈴の音がチリチリきこえて小さな仔猫が駈け出して来た。小さな小さな白猫で、生れて二月ぐらゐの奴、私とは初対面の家族の一員である。
家は南に向いて、庭の向うは石垣、石垣の下を一ぽんの道が通つてをり、道にくぎられて大学のひろいグラウンドが見える。そのグラウンドの向うには広瀬川が町の方向に流れ、白い木の橋がかかつてゐて山手の方に行く近みちである。川向うの山には観音様の大きなお堂があつて、夜は夜じう灯が見えた。
この秋はずつと晴天が続いてゐたが、ことによく晴れた日に松島に案内してもらつた。電車が平野や田をはしりぬけて海がみえ始めると、北の国の山野を突きぬけて見る波の色は伊豆や相模の海よりももつと妖しい青さを見せた。松島駅は雑木の崖のすそに立つてゐる小駅で、そこから清潔な感じのする路を下つて
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