時に、墓の中から大蛇がいくつもいくつも出て来て敵兵を無数に咬み殺したといふ伝説があつて、この辺が蛇田と呼ばれるやうになつた。ただの田圃とすこしも変りはない、その蛇田の向うの松原に田道《たぢ》の石碑が立つてゐる。電車の中から礼をした。
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をはり悲しく田道《たぢ》将軍が眠りいます蛇田よけふは秋の日のなか
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石の巻の町に近くなつてくると、その辺の道や畑いちめんに魚が乾してあり、肥料にするのださうで、奇妙なにほひが潮風と一しよに流れて空にまでにほつてゆきさうである。漁師の家はみんな裕福さうで、明るく静かで、庭の石垣の下まで海が来てゐる。せまい庭に樹はなく、大ていの家に白い菊と黄いろい菊がいつぱい咲いてゐた。これはみんな食料だといふ話。電車にはかなりたくさん乗つてゐたのだけれど、駅で下りるとその人たちは二人づれ三人づれ何処ともなく散つて、私たちはたつた二人だけで歩いて行つた。塩釜の町ほどの賑やかさはなく、もつと古代のにほひがするやうに感じた。この町の大通りである賑やかな一本みちを行つて又帰つて来るとき、Fは持つて来た小さいお重《じう》に鯛のきりみや
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