い私たちだけの車のやうな気もちで庄内平野を通り過ぎて行く。山々はずつと遠いから赤くも青くも見えなかつた。天童といふ駅に来た時、濃い桃いろのスウエターを着て金茶いろのズボンをはいた娘さんが一人、ちやうど発車しようとするバスに乗つた、これはどこかの温泉行のバスらしかつた。東京には見られないやうな健康さうな裕福さうな若い娘であつた。ここの天童といふ町の名は日本には珍らしい字で、何か聖母様に関係があるのかとも思つたが、Fに何もきかずにうとうとして新庄まで行つた。
鳥海山の頂上に急に黒雲がかかつたと思ふと、新庄に着いたとき雨が降つてゐた。駅のすぐそばの下駄屋にはいつて小学生の使ひさうな子供の番傘を買つて二人でさして歩く。Fはこの前に新庄の町で買つた牛肉がおいしかつたと言つて、けふも牛肉を買つた。町にはいま兵隊さんたちが泊つてゐるので、いろいろな食料が手に入るらしかつたが、お菓子やまんじうなぞは売りきれてしまつた。
新庄で乗りかへて小牛田の方に出る線に乗つた。この沿線の紅葉はすこし盛りをすぎたと思はれたが、山々は荒く重たく自然の強さを見せて私を旅びとらしいたよりなさにした。むかし安倍の一族が闘
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