やすんでから私たちはお弁当を持つて仙山線に乗つて出かけた。「山寺」の山のもみぢが朝日に美しい色を見せて、何となく中国《もろこし》といふ感じがするのを汽車の窓から見上げて、私にはとても上がれさうもないと思ひながら通りすぎた。山形に出るまでに私たちはおひるの食事をすました。窓にすぐ近いもみぢの山々を見ながら誰も乗客のない車の中で食事することは愉しかつた。山のすそにほそい川が流れてこれが海に流れてゆくまでには大きな名取川になるのだと教へられた。のりかへの千歳《ちとせ》駅で四十分ばかり時間があるので構外に出てみると、駅のすぐ側の茶店で食事をする人たちもゐた。どんぶりの御飯に煮魚。その大きなきり身の魚は幾度も煮しめて佃煮のやうにまつ黒くなつてゐた、それが東北の田舎らしい感じを見せてたのしかつた。私たちは大きな梨を買つた。今までにまだ見たことのないほど大きい、越後の大きな梨よりももつと大きかつた。茶店のそばの小川で漬菜を洗つてゐる主婦がゐたが、東京で四月ごろ採れるタカナに似て、たけの高い菜つぱで、これは冬菜といはれてゐるさうである。この冬じう彼等はこの漬物を朝も夕もたべるだらう。
 ほかに誰もゐな
前へ 次へ
全24ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
片山 広子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング