もやもやしてゐる最中だから、ちやうど好い隠れ場だと思つてこの夫人たちと行を共にし、費用の三分の一を持つことにする。令嬢はなにがし侯爵でなく父の家の本名を名のるから、彼女の身分は少しも分らない。すぐに話がきまつて彼等は愉しく出発する。
 その古城は四月の海を見晴らして、夢のごとく、映画の如く、小説の如く、それよりもつと美しい。そこで事件がいろいろ起る。招かざる客が幾人も来る。私は細かい筋をわすれたけれど、令嬢は思ひもかけなかつた恋人(侯爵でも伯爵でもない、わかい立派な紳士)を得るし、二人の夫人たちも冷たく遠かつた夫たちを取りもどして、めいめいが賑やかにロンドンに帰つて来る話だつたと思ふ。久しい昔読んだのであるひは違つてゐるかもしれない。
 今ごろ私がこの小説をおもひ出したのは、古城に遊びにゆきたいからではない。日本では立派な古城なぞはすべてお上《かみ》の所有品であり、絶えまなく焚物代りに焼き捨てられてゐるのである。
 私が欲しいと思ふのは銀座か日比谷あたりに小さな女ばかりのクラブがあつたらと、外出ぎらひの私にしては不思議な注文である。買物の出はいりにちよつと寄つてコーヒーでも飲めて、雑誌
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
片山 広子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング