、さて家賃を考へる。さうしてゐるところへ顔なじみのクラブ会員がまた新聞室にはいつて来る。今まで少しの交際もしなかつた夫人であるけれど、内気の夫人はこの人にその広告を見せる。「あなたこの古城に行つて見たいとお思ひになりませんか? 私たち二人でこの家賃を払つて?」その夫人もたちまちイタリヤに行きたくなる。二人は永年の親友のやうに仲よく並んで腰かけて細かくお金の計算をする。旅費、食費、家賃、それにコツクさんもお城に留守居してゐるから、彼女にも心付が入る、等々。二人の夫人は何かの時の用意に預けて置いた貯金を引出して、一生の思ひ出に今それを使つても惜しくないと思ふけれど、それにしてもお金がすこし足りない、彼等おのおのの夫には秘密にこの計画を実行したいと思ふので、くるしい工夫をする、どうしても足りない。
 折しもこの室へわかい美しい会員がはいつて来る。考へこんで困つてゐた二人の奥さんはこの人に相談をかける。令嬢はびつくりするが、少し考へて忽ちその仲間にはいる。彼女はほんとうはなにがし侯爵令嬢でロンドン社交界の花形なのであるが、中流の地味な生活者の主婦たちは彼女を知らない。令嬢は想はぬ人におもはれて
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