美術演劇の取締を厳にし加ふるに淫売狩を以てす。皆策の得たるものといふべきなり。
○人猥褻を好まば宜しく猥褻の戒むべき事を論ずべし。これを奨励するとこれを禁圧するとけだしその結果や一たり。共にその事を口にして常にその事に親しむ事を得ればなり。改良といひ矯正と称し進化と号するは当今の流行なり。欠点を挙げ弊害を論ずる事を好むはまたこれ日本人の特徴なり。猥褻の害は論じやすし。論ずれば聴くもの必ず悦《よろこ》んで堵《と》をなす。誰か強いてその利を論ずるの愚をなさんや。然れども害あるものもし用ゆる事宜しければ転じて利となる事無きに非らず。煙草にも徳あり酒にも功あり。
○猥褻を転じて滑稽となせしは天明の狂歌なり。寄筍恋下女恋《ぎじゅんれんげじょれん》等の題目について看《み》るべし。猥褻をして一味いひがたき哀愁の美たらしめしは為永《ためなが》一派の人情本なり。猥褻を基礎として人生と社会を達観したるは川柳『末摘花《すえつむはな》』なり。我国《わがくに》木版術の精巧は春画を措《お》きて他に看るべからず。毛刻《けぼ》りは鼠の歯を以てなすものなりといふ。されど記者いまだ真偽を確めしにあらず。かかる事は確めざる
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