へて読書してをられたり。雨中は靴の上に更に大きなる木製の底つけたる長靴をはきて出勤せられたり。予をさな心に父上は不思議なる物あまた所持せらるる事よと思ひしことも数《しばしば》なりき。
○予が家にてはその頃既にテーブルの上に白き布をかけ、家庭風の西洋料理を食しゐたり。或年の夏先考に伴はれ入谷《いりや》の里に朝顔見ての帰り道、始めて上野の精養軒に入りしに西洋料理を出したるを見て、世間にてもわが家と同じく西洋料理を作るものあるにやと、かへつて奇異の思をなしたる事もありけり。
○予六歳にして始めてお茶の水の幼稚園に行きける頃は、世間一般に西洋崇拝の風|甚《はなはだ》熾《さかん》にして、かの丸の内|鹿鳴館《ろくめいかん》にては夜会の催しあり。女も洋服着て踊りたるほどなり。されば予も幼稚園には洋服着せられて通はされたり。これ予の始めて洋服なるもの着たる時なれど、如何なる形のものなりしや能《よ》くは記憶せず。小学校へ赴《おもむ》く頃には海軍服に半ズボンはきたる事は家にありし写真にて覚えたり。襟《えり》より後は肩を蔽《おお》ふほどに広く折返したるカラーをつけ幅広きリボンを胸元にて蝶結びにしたり。帽子は
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