霊廟
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)仏蘭西《フランス》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)遊楽|後《あと》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔La Cite' des Eaux〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html
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仏蘭西《フランス》現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼《か》の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易《ルイ》大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』〔La Cite' des Eaux〕 と題する一巻の詩集を著《あらわ》した。その序詩の末段に、
[#ここから2字下げ]
Qu'importe! ce n'est pas ta splendeur et ta gloire
Que visitent mes pas et que veulent mes yeux ;
Et je ne monte pas les marches de l'histoire.
〔Au devant du He'ros qui survit en tes Dieux.〕
〔Il suffit que tes eaux e'gales et sans fe^te
Reposent dans leur ordre et tranquillite',
Sans que demeure rien en leur noble de'faite
De ce qui fut jadis un spectacle enchante'.〕
わが歩みヴェルサイユを訪《と》ひわが眼《まなこ》ヴェルサイユを観《み》んと欲するは
そが壮麗と光栄のためならず。
数知れぬ神となされて路易《ルイ》大王はなほも世にあり。然《さ》れば
われ何ぞ史伝の階段を極め昇るに及ばんや。
荒廃のいとも気高き眺めの中《うち》には、
美しき昔のさまの影もあはれや、
遊楽|後《あと》を絶ちて唯だ変りなきその池水《いけみず》のみ、
昔《いにしえ》の秩序と静寧の中《うち》に息《いこ》ひたるこそ嬉しけれ。
[#ここで字下げ終わり]
という句がある。
自分が頻《しきり》に芝山内《しばさんない》の霊廟《れいびょう》を崇拝して止まないのも全くこの心に等しい。しかしレニエエは既に世界の大詩人である。彼と我と、その思想その詩才においては、いうまでもなく天地雲泥の相違があろう。しかし同じく生れて詩人となるやその滅びたる芸術を回顧する美的感奮の真情に至っては、さして多くの差別があろうとも思われぬ。
否々《いないな》。自分は彼れレニエエが「われはヴェルサイユの最後の噴泉そが噴泉の都の面《おもて》に慟哭《どうこく》するを聴く。」と歌った懐古の情の悲しさに比較すれば、自分が芝の霊廟に対して傾注する感激の底には、かえって一層の痛切一層の悲惨が潜んでいなければならぬはずだと思うのである。
ポンペイの古都は火山の灰の下にもなお昔のままなる姿を保存していた実例がある。仏蘭西の地層から切出した石材のヴェルサイユは火事と暴風《あらし》と白蟻との災禍を恐るる必要なく、時間の無限中《むげんちゅう》に今ある如く不朽に残されるであろう。けれども我が木造の霊廟は已にこの間《あいだ》も隣接する増上寺《ぞうじょうじ》の焔に脅《おびや》かされた。凡《すべ》ての物を滅して行く恐しい「時間」の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔《きんぱく》と漆《うるし》の宮殿は、その命の今日か明日《あす》かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではないか。
そもそも最初自分がこの古蹟を眼にしたのは何年ほど前の事であったろう。まだ小学校へも行かない時分ではなかったか。桜のさく或日の午後《ひるすぎ》小石川《こいしかわ》の家《いえ》から父と母とに連れられてここまで来るには車の上ながらも非常に遠かった。東京の中《うち》ではないような気がした。綺麗な金ピカなお堂がいくつもあって、その階《きざはし》の前で自分は浅草の観音さまのように鳩の群に餌を撒《ま》いてやったが何故《なぜ》このお堂の近所には仲見世《なかみせ》のような、賑やかでお土産を沢山買うような処がないのかと、むしろ不平であった事なぞがおぼろに思い返される。
少年時代の幾年間は過ぎた。今から丁度十年ほど前、自分は木曜会の葵山《きざん》渚山《しょざん》湖山《こざん》なぞいう文学者と共に、やはり桜の花のさく或日の午後《ひるすぎ》、あの五重の塔の下あたりの掛茶屋《かけ
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