里の今昔
永井荷風

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)曲輪外《くるわそと》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)南側|千束町《せんぞくまち》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おしやま[#「おしやま」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)われ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 昭和二年の冬、酉の市へ行つた時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であつた。堤から下りて大音寺前の方へ行く曲輪外《くるわそと》の道も亦取広げられてゐたが、一面に石塊《いしころ》が敷いてあつて歩くことができなかつた。吉原を通りぬけて鷲《おほとり》神社の境内に出ると、鳥居前の新道路は既に完成してゐて、平日は三輪行《みのわゆき》の電車や乗合自動車の往復する事をも、わたくしは其日初めて聞き知つたのである。
 吉原の遊里は今年昭和甲戌の秋、公娼廃止の令の出づるを待たず、既に数年前、早く滅亡してゐたやうなものである。其旧習と其情趣とを失へば、この古き名所は在つても無いのと同じ
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